さてさて皆様。準備はいいかな?

 何?何が始まるのかって?

 なぁに、大したことはない。

 ただの、不幸な一人の少女の物語さ。
 
 
 
 
 
 
 
 春日崎ホスピタル。
 
 
 
 冗談じゃない、本当に。

 学校帰りの歩道橋を足を渡りながら、私、中瀬川雨美は悪態をついた。

 通りすがりのスーツ姿の親父が怪訝そうな顔で私を振り返る。

 八つ当たり気味に思いっきり睨んでやると、少し怯んでそそくさと私の側から逃げていく。

 冗談じゃない。

 もう一度口の中で悪態をついて奥歯をかみしめる。

 歩道橋を渡り終え、いつもとは真逆の方向に足を進める。

 家に帰る気などさらさらなかった。

 大股で歩きながら、私は怪しげな店が建ち並ぶ通りへと足を踏み入れた。
 
 
 
 
 
 
 
 通りは暗く、不気味でそこだけ別世界のようなかんじがした。

 どれも怪しげな店ばかりで入ろうという気には一向にならない。

 今更ながら自分はなにがしたくてここへ来たのだろうと思いながらも足を止めることなくさらに奥へと進む。

 ふと、怪しく薄汚い店の中に一つだけぽつんと可愛らしい店が建っている。

 「春日崎…ホスピタル…」

 病院か何かなのだろうか。どうしてこんなところに病院があるのだろう、と思いつつ、

 引き寄せられるように店の前に立つ。

 薄ピンクの扉に手をかけるとわずかに温かい気がした。

 全て、ただの気まぐれだった。

 ゆっくり扉を押しながら私は少しだけ、ほんの少しだけ期待していた。

 何に?

 …さぁね。
 
 
 
 
 
 扉を開けると目の前にナース服を着た女の人がいた。

 驚くほど整った顔立ちをしていて、見上げるほど背が高かった。

 髪は男のように短く切っていたが、それがとても似合っていた。

 女の人はひどく驚いた表情を浮かべていた。

 大きな目をさらに大きく開いて、口が半開きになっている。

 「あの…」

 あまりに長い時間私を見たまま動かないので、心配になり、思わず声をかけた。

 「えっ。お、あ。ちょ、て、てんちょ!てんちょぉー!」

 低く、太い声で奥のほうに向かって叫ぶ。少し違和感を感じる。

 …………………………低い?太い?

 頭の中で警報が鳴る。こいつからすぐに離れろと。

 しかし、離れる前にがっしりと腕をつかまれた。

 「うおぉぉぉ!12ヶ月ぶりの客だぜぇ!!よく来てくれたな、嬢ちゃん!」

 まるっきり男の声で、男の口調でナース服を着た美貌の女性、もとい男性は言った。

 「じゅ、12ヶ月って!普通に一年じゃないですか!」

 ナース服の変態野郎の腕をふりほどこうと少しひねると、男の手は驚くほど簡単にはずれた。

 が、すぐにつかんでくるのでふりほどいても逃げる隙がない。

 「ちょっと!セクハラで訴えますよ!」

 「何?セクシャルハラスメント、略してセクハラ!にあってたんだな!

  かわいそうに!もう大丈夫だ、嬢ちゃん!」

 「まわりくどい!そして、意志の疎通をさせてください!」

 危ない。この店絶対に危ない。

 冷や汗をかきながら必死に身をよじる。

 男は、ほっそりとした外見の通り力が全くないようで、私よりも弱そうだった。

 しかし、どんなに殴っても蹴ってもすぐに飛びついてくる。

 執念深すぎて、寒気がした。ストーカー体質か、こいつ。

 「こら、綺炬。お嬢さんが怖がってるじゃないか。離してあげなよ」

 奥から低くよく通る声が聞こえた。

 綺炬と呼ばれた男と格闘しながらそちらに向くと、白衣を着た男の人が立っていた。

 私に向かって優しく微笑みかけながら、綺炬を私から離す。

 すぐさま回れ右して帰ろうと思ったのだが、今度は白衣の男の人に優しく肩をつかまれた。

 「まぁまぁ、奥でゆっくり話を聞くよ。温かいお茶でも出して」

 「いえ、結構です。帰ります。帰らせてください」

 「お、いいね。実家に帰らせていただきます!みたいなノリ。僕大好き」

 「今、全然そんなノリじゃなかったですよ!」

 「つれないなぁ。12ヶ月ぶりのお客さんなのに…」

 「知るか!てか、スッと1年って言え!」

 遠慮がなくなってきて、思わず乱暴な言葉になる。

 しかし、白衣の男は気にした風もなく、私の腕を痛くない程度の強い力でずるずると引っ張っていく。

 「ちょ、私帰りたいんですけど!」

 「帰っちゃイヤン」

 「死ね!」

 言うと同時に私の肩に乗っている男の手を取り、ひねり回す。

 それと同時に足を引っかけ転ばそうとしたのだが、急にふわりと体が浮く感覚がした。

 次の瞬間、私は男に横抱きにされていた。いわば、『お姫様だっこ』状態だった。

 「おぉぉ。僕長年お姫様だっこに憧れてたんだよねー」

 にっこり笑ってスタスタと歩き出す。

 「こ、このメルヘン男!降ろせ!今すぐ降ろせ!」

 「あ、でも僕的にやっぱだっこするほうよりされるほうが憧れだったんだけどねぇ」

 「人の話を聞け!てか、勝手にされてろ、この変態!」

 「あ、『俺の話を聞け〜♪』って曲、僕も好きだなぁ。カラオケ行ったら必ず歌うね。行ったことはないけど」

 「どっからきたんだよ、その歌!電波か!?受信か!?」

 「あ、綺炬ー。お茶の用意。あと、ナース服もう脱いでいいよ」

 綺炬が、オッスという男らしい返答を返してどこかへ引っ込む。

 人の話を全く聞かない白衣の男は、私に向かってにっこりと微笑んだ。

 「それでは、お客様。カウンセリングを始めましょうか」
 
 
 
 
 
 無理矢理連れ込まれた部屋は思いの外広く、そして綺麗だった。

 洒落た椅子が三つあり、一つに私、私の前に綺炬と白衣の男といったかんじで座っている。

 私と奴らの間には、洋風で小さな机が一つあり、そこには甘い香りを漂わせている紅茶が並んでいた。

 ナース服を脱ぎ、私服に着替えた綺炬はやはり中性的な顔をしているがもう女と見間違うことはないだろう。

 確かに、ほっそりとしているが、骨張っていて女性のような丸みはなかった。

 優雅に紅茶をすすっているその姿を写真に撮って、雑誌にでも送るとかなりの反響が得られるだろう。

 「さて、君のお名前を聞いてもいいかな?なんと呼んでいいかわからないしね」

 白衣の男がくつろいだ姿勢、いやむしろだらけた姿勢で渡しに問う。

 リラックスしすぎだろ。

 「…そっちの名前も知らないのに、私の名前を言う必要がありますか」

 白衣の男が楽しそうににっこり笑った。

 「なるほど。それは失礼した。僕の名は、春日崎深夜。

  春の日の崎の深い夜と書いて、かすがざき しんやと読む。深夜と呼んでもらえると嬉しいね」

 春日崎深夜はそう言うと、私に目を向けた。

 しかし、私は綺炬、と呼ばれていた変態男のほうへ顎をしゃくった。

 「そちらは?」

 聞くと、綺炬が少しびっくりした顔をして、

 「あぁ、俺も聞くのか。俺は、春日崎綺炬。

  綺麗の綺にかがり火っていう意味の炬。で、きこって読むんだ。さっきはごめんな、嬢ちゃん」

 照れたように笑う。次は私の番か、と観念し自己紹介を始める。

 「中瀬川雨美です。中に瀬戸内海の瀬に川、雨に美しいと書いてなかせがわ うみと読みます」

 前の二人にならって自己紹介をする。

 「雨美ちゃん、ね。なるほど。いい名前だ。

  ところで、さっき綺炬が着ていたナース服のことを知りたくはないかい?」

 「いえ、結構です。変態区域に足を踏み入れるつもりはないんで」

 「俺的には、ぜひ知ってもらいてぇな。決して、あれは趣味じゃない」

 綺炬が苦い顔で言う。

 「深夜に無理矢理着せられたんだ。宣伝してこいって。で、行こうとしたら嬢ちゃんが来た」

 「…嬢ちゃんってやめて。あんた、私と対して年齢違わないと思うけど」

 「お、すまん。じゃあ、ウミウミで。ちなみに俺、18歳」

 「ウミウミ!?気持ち悪っ!なんの嫌がらせ!?」

 「じゃあ、膿み膿み」

 「読み方変わってないし!気持ち悪さが増しただけじゃん!」

 ふと綺炬が真剣な顔でじっとこちらを見つめてきた。

 「何?」

 挑戦的に聞いてやると真剣な顔のまま綺炬は

 「なぁ、俺らの店でバイトやんねぇか?そのつっこみの切れのよさ。タイミング。

  全てにおいてパーフェクトだ。もれなくナース服着れます。お得です」

 「まったくもってお得じゃねぇ!なんだ、この店!コスプレか!コスプレ屋か!?」

 それまでにこやかにお茶をすすりつつ、二人の会話を聞いていた深夜が静かに口を開いた。

 「違うよ。ここは、精神的に疲れた人、荒れている人、傷ついている人などの心のケアを行います。

  さっきも言ったけど、カウンセリングのことだね。もちろん、お望みならばコスプレもできます」

 「望んでねぇよ。それに、私は心のケアなんて必要ない」

 「どうかな?」

 深夜が鋭く切り返す。

 「それはどうかな。雨美ちゃん。君は気づいてないだけかもしれない。

  誰でも、心の奥底には自分でも気づかない闇を持っているもんなんだ。

  たとえば、僕。僕はもしかしたら自分で気づいてないだけで、

  お姫様だっこ夢見る少女のような心を持っているかもしれない。

  それだけじゃなく、身近な人にコスプレをさして楽しんでいる変態な心を持っているかもしれない。

  雨美ちゃん。おかまを嫌っている人でも案外自分自身がおかまに目覚めてしまう可能性だってあるんだ。

  だからってね、雨美ちゃん。そんな心の闇を笑ってしまうような人間になってはいけない。

  僕らはみんな平等なんだ。雨美ちゃんにだって闇はきっとある。

  僕は君の闇を決して笑ったりなんてしない。だから、ほら。怖がらず。僕だけに話してごらん」

 「えーと。どこからつっこんでほしい?ていうか、何の話?」

 綺炬が私の耳元に口を寄せ、小さな声で

 「最初っからつっこんでやってくれ」

 と言った。真面目に答えてんじゃねぇよ。

 ホントに。なんなんだこいつらは。

 ただの変態野郎の店か。馬鹿馬鹿しい。私は静かに席を立った。

 「それじゃあ、私帰りますんで。失礼します」

 「雨美ちゃん。君はどうしてここへ来たのかな?」

 深夜が腕を組んで少し挑むように聞く。

 「こんな、怪しい店の建ち並ぶなかへ、どうして来たんだい?」

 「うるさいな。関係ないでしょ」

 「ところがあなたと関係している。NTT西日本です」

 「やかましい」

 綺炬が静かに立ち上がって雨美の目の前に立つ。

 「なぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんさ、帰るとこないんだろ?」

 「…だったら何?」

 「泊まってっていいぜ。好きなだけ」

 口をはさもうとしたが、すぐに遮られた。

 「そのかわり、ここで働いてくれ」

 「はぁぁ?馬鹿にしないでよ。泊まるとこくらい自分で見つけれる」

 「女子高生が?無理だね」

 深夜が口を挟む。

 「家に電話されるか、補導されるのがオチだよ。ねぇ、雨美ちゃん。こうしないかい?」

 ポットをつかみ、自分のカップに新しいお茶をつぐ。

 それを口に運び満足そうに頷く。

 「ちょっと、何なの?」

 「ベルガモットの優雅な香りと味は僕の昔の姿を思い出させるね。

  かつては貴族の中で最ももてはやされた美男子で…」

 「もういい。帰る」

 「まぁ、そう焦らないで」

 「じゃあ、焦らすなよ」

 やれやれ、とでも言うように肩をすくめ首をふる深夜。

 「せっかちさんだねぇ。全く…。つまりね、僕は君が心のケアが必要な子として見てるわけだよ。

  現に、こんな怪しい店が建ち並ぶ中に足を踏み入れている。少年非行の前触れだね」

 「怪しいって自覚してるんなら、こんなとこに店建てなきゃいいじゃん」

 「…。ほぉ。それもそうだ」

 初めて気がついたような顔をした。ショッキング馬鹿だ、こいつは…。

 「ともかく、君は自分はカウンセリングは必要ないと言い張っている。

  だが、僕はそうは思わない。では、君は僕にそれを証明してみせればいいんじゃないのかな?」

 「……?」

 「ここに3週間。住み込みでバイトをしてもらう。もちろん、学校に行きたければ行ってもいい」

 深夜が言葉を切ると、綺炬がそのあとを引き継ぐ。

 「その間に俺と深夜で嬢ちゃんを診察するんだ。カウンセリングが必要ならば、3週間後もここに通ってもらう。

  もし、早い段階で嬢ちゃんがカウンセリングが必要ないと判断したら、バイトに来なくてもいい」

 「…別に、3週間も泊まり込みしなくても。今、ここで証明すればいいでしょ」

 「どうやって?」

 綺炬の強い口調に押され気味。確かに、証明のしようなんてない。

 「本当に嬢ちゃんにカウンセリングが必要ないのかどうか。まだ見習いみてぇなもんだけど俺にだってわかる」

 「…何で」

 「ここに入ってきたとき、嬢ちゃんめちゃくちゃつらそうな顔してたしな」

 ……おぉっと。こいつは破滅的馬鹿だ。

 馬鹿だ。このふざけた店も、ここの奴らも。何もかも。わかったような口ききやがって。

 こんな怪しげな店に私が足を踏み入れたのはただの気まぐれだというのに。

 メルヘン変態男に、コスプレ変態男がいるなんて夢にも思ってみなかったのに。

 ましてや、カウンセリングを受けろ、なんて。笑いすぎて鼻水が出そうだ。(汚い

 「…もし、私にカウンセリングが必要なかったら明日にでも帰れるの?」

 「あぁ。もちろん」

 綺炬の顔が少しばかり輝く。まだ誰も受けるなんて言ってないのに。

 「……いいですよ」

 断ろうと思って口を開いたが、出てきたのは正反対の言葉。

 「もちろん、私にカウンセリングなんて必要ないってことを証明してみせますよ。

  明日から学校休みで暇だし。暇つぶしにあんたたちのお遊びにつきあってあげてもいい。

  バイト料ももちろんいただき…うわ!」

 最後まで言う前に綺炬に抱きつかれた。

 いや、頭を抱え込まれた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 「ありがと!嬢ちゃん、ホントにいいやつだな!!ホントにホントにありがとう!」

 何がありがとうなのか、何がいいやつなのかさっぱりわからなかった。

 とりあえず、私の頭を抱え込んでいる腕をぺしぺしと弱めの力で叩く。

 「ちょっと。離して」

 冷たく言い放ったが、気にもしていない様子で素直に腕をほどいた。

 「じゃあ、これからよろしくな。嬢ちゃん」

 と、言ってから「ん、違った」と言って言い直す。

 「これから、よろしくな。……雨美」

 「…よろしく」

 それまでにこにこしていた深夜がスッと立ち上がってぱんっと勢いよく手を叩く。

 「よし!そうと決まったら、綺炬!雨美ちゃんのバイト用の制服を!今すぐ!あと、綺炬の制服も」

 「ウッス!」

 深夜の指示に親指をぐっと立て、どたどたとどこかへ引っ込む。

 は?制服?

 いやな汗が出てきた。一般的には冷や汗とかいうものだ。

 「いやぁ。綺炬は器用でね。服づくりは一番の得意分野なんだよ。だから、雨美ちゃん安心していいよー」

 「…なにが?」

 「綺炬なら、雨美ちゃんに似合いすぎる制服をきっと作ってくれるよ!」

 ぐっと親指をたて、白い歯を輝かせながら笑う。

 「…………具体的にどんな?」

 「それは、もう。あらかじめ僕が出していたマニュアル通りのモノを」

 「………………だから、どんな?」

 「えーっと。メイド服とか?魔女っ子とか?もぉ、色々!」

 次の瞬間には、深夜を蹴り飛ばしていた。

 「ふざけんな、このメルヘン変態男!!!!!!!!」

 何事かと戻って来た綺炬に、非難の声を浴びせかけると、

 「?いや、俺別にメイド服とか作ろうとしてねぇけど…」

 ぐりん、と深夜のほうに首を回し睨みつけると、へらへらとした笑みが帰ってきた。

 死刑に処そう。

 今、心に堅く決めた。この男、いつか殺す。

 物騒なことを誓いながらも、私の顔には自然と笑みが浮かんだ。

 私がここに来たのは、正解だったのか。不正解だったのか。

 幸せな選択だったのか、不幸せな選択だったのか。

 それを知るのは、もう少し先のお話になりそうだ。
 
 
 
 
 
 
 さてさて皆様。少しはお楽しみいただけたかな?

 何?全くもっておもしろくない?それは失礼した。

 しかし、この物語には、あとほんの少しだけ続きがあるのだよ。

 おもしろいかって?………さぁね?

 でも、もう少しだけお付き合いを願えたら。

 この少女の不幸の理由がきっとわかるでしょう。

 それまで、どうぞご辛抱を。それではそれでは。

 皆様の幸福を望まない者より。
 
 
 
 
 
 
 
 続くそうです。(え
 

















 深空様に押しつけました、駄文です。

 こんなものを…。本当にすみませんでした…。

 しかも、続きます。

 えぇ。そうです。続くんです。ごめんなさい。(もはや何に謝っているのかわからない。